屯田の杜公園住所 北見市端野町二区473北見観光協会 北見市の由来は、松浦武四郎が命名した国名「北見国」からで、「北見」の由来は、この地方域の昔の通称が「北海岸」と呼ばれ、快晴の日に樺太が「見」える事から、一字ずつとったもの。 端野町の由来は、アイヌ語の「ヌッケシ」または「ヌフ・ウン・ケシ」(野の端)から。網走支庁管内の常呂郡に存在した町だが、2006(平成18)年3月5日に北見市、常呂町、留辺蘂町と新設合併し北見市となった。 国道39号線と国道333号線の交差点から約100mほど右手にある。 屯田兵によって開拓された端野の歴史を伝える公園で、屯田兵開拓の史料を展示する端野町歴史民俗資料館や、野球場、テニスコートをはじめ、公民館、図書館、トレーニングセンター、アスレチック公園、パークゴルフ場、ウォーターパークなどの運動施設がある。 かつてこの一帯は、1897(明治30)年、6月屯田兵第四大隊一中隊100戸が端野に入植、1898(明治31)年、屯田兵第四大隊一中隊100戸入植し、屯田第四大隊第一中隊の本部があった場所で、本部、事業場、練兵場などの関連する施設があった。その後端野小学校、端野中学校が設置された。(端野小は北見市端野町2区257番地に、端野中学校は北見市端野町3区1045に移転している) この公園の一角には、屯田開拓風致地区があり、端野町の開拓史上記念すべきものとして、屯田兵の遺跡等、端野町開拓の史跡及び記念碑を保存するため、ここに整備された。
![]() 碑文 端野町の開拓は明治三十年 六月七日北辺の防備と開拓の 任を帯びた屯田兵一〇〇戸がこの 地に入地 ここに屯田歩兵第四 大隊第一中隊本部が置かれた ことにはじまる 続いて翌三十一年にも屯田兵一〇〇 戸が入地 昼なお暗い千古未開 の地に開墾耕稼に励み兵役の 任を完うして本町開拓の礎が 築かれた 当時このあたりには 練兵場があり林の木陰では野 外学科なども行われた 今も なおしっかりと根を張って繁るヤチダ モなどはその頃からの原生木である 昭和五十六年十一月三日 端野町開基八十五年、分村六十周年、町制施行二十周年 記念建立 開村記念碑 この碑は、二十周年記念に建立された碑が軟石にて風化し、文字が消滅したこともあり、開村五十周年を記念し改めて建立されたものである。
![]() 碑文 明治三十年六月北海道屯田兵第四大隊第一中隊此の地に屯 設せらるるや同年六月並びに翌年九月の二期に亙る募兵各々 百戸の入地に依り本村開拓の鍬钁を下せり 当時樹木鬱蒼として荊棘大地を覆い白昼熊羆の跳梁を見る 等開拓の難事言語に絶せり 爾来先人汗滴の星霜を経て現 在戸数千三百美田良圃六千町歩に及ぶ殷盛を見るに至る感 慨洵に無量なり 今茲に開村五十周年を記念するに当り一章を刻して草創回 顧の因となし又後人の徴と為す所謂なり 大正八年六月建設せる開村記念碑の題字は陸軍大将従二位 勲一等功二級子爵大迫尚敏閣下の揮毫を転刻す 昭和二十二年六月七日部 端野村屯田会 すぐそばには屯田兵練兵場跡の碑もある ![]() 屯田開拓顕彰像 裏側には、入植した人々の名がひとりひとり記されている。 こちらのレリーフは、坂坦道氏作。
![]() 碑文 先人の偉業を讃える 北海道知事 町村金五 加藤弥四郎翁像 こちらの像も、坂坦道氏のものである。
![]() 碑文 翁は伊勢桑名に生れ明治三十一年 六月令兄金七氏が屯田兵として本町 に入植の際は未だ十歳なるを刻苦 して開墾を扶し二十五歳独立具さ に辛酸を當む昭和二十二年村会議員 に当選翌年議長に推されてより実 に十七年間を民主議会の運営と育成に 癖さる翁はまた信念の人町政に 対しても侃々諤々実践躬行町勢の伸 展に竭くさる茲に翁の徳を敬慕する 同志相寄り之を建て永くその功を後 代に傅える 昭和四十一年八月 端野町長 中澤廣 1891(明治24)年、中央道路開削工事始まる。(現・国道39号線) 1892(明治25)年、2号端野駅逓が設置される。(現・北見市端野町二区657) 1897(明治30)年、6月屯田兵第四大隊一中隊100戸が端野に入植する。(現・端野町字一区に33戸・字二区に34戸・字三区に33戸)端野説教所で寺子屋授業が始まる。 1898(明治31)年、屯田兵第四大隊一中隊100戸入植する。(字一区に31戸・字二区に36戸・字三区に33戸)水稲試作始まる。 1900(明治33)年、端野神社仮宮建設する。 1901(明治34)年、寒河江直助がハッカ栽培を始める。 1903(明治36)年、端野説教所が無量寿寺となる。緋牛内〜美幌間道路工事着工。 1904(明治37)年、緋牛内〜美幌間道路開通。屯田兵制度終了。協和に西川貞次郎入地。 1905(明治38)年、2月中央道路との合流点に移転し、緋牛内駅逓所と改称した。石川庄吉ほか数名が川向に入植する。 1909(明治42)年、2級町村制施行し「野付牛村」となる。 1912(大正元)年、10月網走本線開通、国有鉄道の駅として端野駅・緋牛内簡易駅開業。(現・石北本線) 1915(大正4)年、1級町村制施行し「野付牛町」となる。 1921(大正10)年、野付牛町から分村し2町村「端野村」となる。 1922(大正11)年、端野村役場庁舎を新築する。 1923(大正12)年、端野神社が現在の場所に移転する。 1933(昭和8)年、端野駅舎改築する。 1937(昭和12)年、端野神社社殿新築する。 1950(昭和25)年、端野村役場新築する。 1961(昭和36)年、9月町政施行し「端野町」となる。 1976(昭和51)年、鎖塚供養碑建立する。 1979(昭和54)年、道立北見商業高校開校。白かば台スキー場開設。 1983(昭和58)年、歴史民俗資料館オープン。 1985(昭和60)年、端野駅無人化。 1987(昭和62)年、4月国鉄分割民営化によりJR北海道に継承。 1989(平成元)年、メビウススキー場オープン。 1991(平成3)年、端野駅舎新築オープン。 1993(平成5)年、国道333号線「端野トンネル」開通する。 1997(平成9)年、森と木の里キャンプ場オープン。 1998(平成10)年、温泉「のんたの湯」オープン。 2006(平成18)年、北見市、常呂町、留辺蘂町と市町村合併し、北見市端野となる。 新端野町史参考 |