音江法華駅逓所跡

住所 深川市音江町1丁目12−22
明治22年6月に建物が完成し、音江法華駅逓事業が始まりました。
上川街道の中継点として人馬を備え、宿泊と運送の便をはかる重要な役割を果たしました。
当時は、札幌から岩見沢までは道路があったが、それから北は原始林のままで、上川まで行くには丸木船で石狩川をさかのぼるしか方法がなかった。
1887年(明治20年)から3年間で砂利を入れたり道路幅を5.5メートルに拡幅し、馬車の通行が可能となり、この道路は上川道路と呼ばれ国道12号の始まりである。
旅人の泊まるところや、馬を貸すところを駅逓といい、駅逓は上川道路の所々に作られた。
1889年(明治22年)、音江法華(現深川市音江)にも駅逓が作られ、第2美英舎と名付けられた。
その後、駅逓を中心に運送業を営むものが多く現れた。当時は駄鞍(だぐら)追いという一人の馬丁が先頭の馬にまたがり、背中の両側に荷物を積んだ5〜10頭の駄馬を引き連れて荷物を運搬するというものであった。
1892年(明治25年2月4日)には、深川村が誕生した。
今は、看板だけが残るだけです。



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