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開拓使三角測量勇払基点

住所 苫小牧市勇払132-32 勇払ふるさと公園内

苫小牧市

社団法人 苫小牧観光協会

苫小牧市勇払地区にあり、勇払ふるさと公園内にある、開拓使三角測量勇払基点(北海道指定有形文化財)


隣には勇払開拓史跡公園があり、勇武津資料館と、蝦夷地開拓移住隊士の墓(苫小牧市指定文化財)がある。
江戸時代の終わりころには伊能忠敬などが調べ、北海道のほぼ正しい地形が知られていたが、大部分が海岸部分についてのことだったため、北海道の開拓には内陸部の正確な地図が必要だったため、開拓使は1873(明治6)年に米国人ジェームス・R・ワッソンを測量長に命じ、三角測量法による調査を開始した。
ワッソンは当初、石狩川上流域に基線を求めたが適地が得られず、 1873(明治6)年6月勇払と鵡川間に変更し基線を設定、直線14kmのその両基点に目標台と標石を建て測量した。
1873(明治6)年8月、米国製機械の到着後、これを使用して勇払基点から鵡川基点への測量を実施し、 勇払基線の測定値を14,868.2646m とし、勇払基点は北緯42度37分34秒、東経141度44分46秒とした。
1874(明治7)年、ワッソンが開拓使をやめ、その後の測量は助手であったモルレー・S・ディーと荒井郁之助が引き継いだ。
1876(明治9)年、中止になるまでに北海道の面積の約5分の2をカバーするまでに至る。
この勇払基点は、その後忘れられていたが、1962(昭和37)年、高さ90cm、縦横17mの大きさで土が盛り上がっており、その中央に基点を示す花コウ岩製の石柱が埋まっているのを発見。
作られた当時は、その上に花コウ岩製の標石・それを保護する台石も設置されていたが、それらは残っていない。
もう一方の基点である鵡川では大規模な調査が行われたが、発見されていないためこの勇払基点は貴重な資料と言え、当時の最新技術を駆使した、わが国で最初の本格的な三角測量の基点であり、日本の測量史上貴重な文化財であると言えるのである。


現在は、三角形のガラス張りで基点の復元標石が展示されている。
1967(昭和42)年、3月17日北海道指定史跡に指定された。


ちなみに基点とは、地図を作るためにはその場所での長さ・広さ・方角などを調べなくてはならない。
それを調べるのが測量で、現在なら、道路脇などで三脚の上にある小さい望遠鏡をのぞいて何かを調べているのが測量である。
よく使われているのは三角測量という方法で、これは三角関数(直角三角形のもう1つの角の角度と1辺の長さがわかれば他の2辺の長さもわかる)を使ったもので、その時の一番最初の基準点が基点となる。

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